【手紙 東野圭吾 著】とてもとても重い物語でありました。
読み進めるたびに辛くなる。読み手が物語の主人公になってしまわせる物語の描き方。
重くて重くて・・・。
しかし、一気に読み終わりました。
こんなに早く読み終えた本が過去にあっただろうか?
最後のページを読んだ時に、この本で初めて涙が流れた。
以前この日記で或る冊子の引用で【(犯罪の)前科があり償いをきちんと終え、これから目地目に生活をしていこうとしている人に対して、前科があるということが理由でその人を雇わないのは差別である。】ということを引用して文章を書き連ねたことがあります。
上段の小説の中で
『差別とは何か?』
『差別があることが当然のことなのか?』
『自殺ということをどのように考えればいいのか?』
『正々堂々とすることはどういうことを意味するんだろう?』
『差別や偏見のない世界をどうとらえて、どう覚悟すればいいのか?』
沢山たくさん考えさせられました。
でも先程読み終えたばかりで未だに整理が出来ません。
上記の【(犯罪の)前科があり償いをきちんと終え、これから目地目に生活をしていこうとしている人に対して、前科があるということが理由でその人を雇わないのは差別である。】
このことは、どう考えなおせばいいのか?
償いをきちんと終えることとは、どういうことなのか?
小説の中の余韻の中で、未だに私自身が前の見えないくもり空の下で行く当てもなくとぼとぼ歩いている。
そんな心境なのです。
この本を読むように進めて下さった先輩とお話が出来る機会を楽しみにしております。
それまでには私自身の考え方を整理しておかねばなりません。
というか、可及的速やかに整理せねばなりません。
私が迷っていちゃ迷惑を掛けますから・・・。
いや~、凄い本と出合いました…。
はぁ~~~すごい!
手紙 東野圭吾
強盗殺人の罪で服役中の兄、剛志。弟・直貴のもとには、獄中から月に一度、手紙が届く…。しかし、進学、恋愛、就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる苛酷な現実。人の絆とは何か。いつか罪は償えるのだろうか。犯罪加害者の家族を真正面から描き切り、感動を呼んだ不朽の名作。